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美味の後ろに風景があり、人がいる
日本酒
愛飲の美酒「天領盃」の故郷を訪ねるべく、吹雪きの荒海を渡ってたどりついた佐渡島。
その蔵元「佐渡銘醸」で私を待っていたのは・・・ |
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以前、佐渡を旅した時、とある居酒屋で「佐渡銘醸」の『天領盃』という酒に巡り会った。以来、すっかりこの酒が気に入って、「そば処上條」の酒リストにも加えさせていただいた。
こんな美酒を、どんな環境の、どんな蔵で、どんな人達が、どんな風に造っているのか・・・海の幸も一段と味の乗ってくる2月を選び、この蔵を訪ねてみることにした。
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2月12日、吹雪の新潟港で、午前6時発のカーフェリーに車ごと乗り込んだ。
外洋は大シケで、ドドーンン・・・ドドーンンと、船底と波がぶつかるたびに、船窓を青白い飛沫が横切る。際限無く繰り返す不快な揺れを、私は身を横たえてしのいでいた。 |
早朝の佐渡魚市場 |
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いにしえに、ここへ流された、日蓮上人や世阿弥も、かくやの思いで上陸した佐渡島は雪をまとっていた。降雪の中、カーナビに導かれて「佐渡銘醸」へ向かう。「佐渡銘醸」は佐渡金山で知られる佐渡の最高峰、金北山の南麓にあった。直売所の前庭で、真っ赤な寒椿の花が綿帽子を乗せている。
「先ずは『精米』から見ていただきましょう。」
と、石川次長さんが、大きな建物の扉を開けた。いよいよか・・・高まる期待をのみこんで内部に入る・・・えっ!なんだこりゃあっ!!
2階までぶち抜きの内部で私を待っていたのは、見上げるばかりの超大型ハイテク精米機だった。うず高く積まれた米袋の山を従えて、大仏のようにそそり立ち、うなっている。辺りに蔵人の姿は無い。
「この蔵は、ほぼ全ての酒造システムを、最新鋭の設備でロボット化していますから、正式に蔵人と呼べるのは、たった5人しかいないんですよ。」 ・・・胸の中をある種の不安がよぎる。 |
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最先鋭のハイテク精米機 |
「大吟醸用の精米には約3日間もかけて米の半分以上を削り落とします。その間、担当者は不眠不休で米の状態を見張るんですが、この精米機だと最後まで機械だけでやってしまいます。」
・・・酒蔵・・・そこは日本に残された数少ない職人たちの聖域・・・私が勝手に思い込んでいた美味風景が、一気にしぼみ始めた。
石川次長さんの解説が続く。
「普通は精米したら『枯らし』といって2週間から1ヶ月程、米を休めないと洗米出来ないんです。精米で乾いた米が一気に水を吸い込んで、割れちゃいますから。ところが、これは国内にまだ4台しか導入されていない、最新鋭の精米機で、内部にはスペースシャトルの技術も使われています。米の熱を吸い取りながら精米するし、米の湿度までコントロールしてくれますから、直ぐに洗っても平気なんです。」
「・・・・・・」
「大吟醸用の精米だけ、うちに依託している蔵もあるんですよ。無人で、24時間休まず、失敗ゼロですから、我々はその分のエネルギーを他の仕事に活かせるわけです。」
次は『洗米』だ。精米により、普通酒用では米の約25%、大吟醸用では約50%以上が削り取られている。そうした精米歩合や、米の品種などの違いにより、洗米や吸水の方法も変わってくる。本来なら杜氏の指示の元、数人で神経質な作業をするわけなのだが・・・
「ここのシステムでは、投入された米の種類や精米歩合、水分、などを感知して、洗米後の吸水まで調整してくれます。」
「人間の出る幕はありますか?」
「もちろんです。この蔵のシステムは全て、キャリア40年のベテラン杜氏が作ったプログラムで動いているんですが、例えば、移り変わっていく麹の香りや手ざわりなどは、人間でないと鑑定が出来ません。そうした要所要所は人間が判断して、コンピューターを介して機械に指示を与えるんです。機械は昼夜を問わず働き続けられるし、絶対に手抜きをしないし、正確です。」
「手造りにこだわった酒と比べて、どうですか?」
「手造りだけの酒なんて無いんですよ。どこの蔵でも機械は使っています・・・ただ、機械にどこまでやらせて、人間がどこをやれば、最も理想的な酒造りが出来るのか、追求しているだけです。」
『蒸し』『麹造り』『酒母タンク』と見学し、石川さんの熱い解説を聞くうち、私の石頭にも、この蔵の目指す近未来の酒造りが次第に見えてきた。
「日本酒は人間が造るんじゃなくて麹菌と酵母菌という2種類の微生物が、何十日もかけて酒にするんです。その間、微生物のコロニーに対して最高の環境条件を与え、育て、導いてやるのが、蔵人の一番大切な役割なんです。」
「そのために、人間とハイテク機械を融合させたわけですね。」
「ええ、そのお陰で人間が感性や知恵を使うゆとりも生まれたし、蔵の隅々まで目が行き届くようになりました。しかも、データが逐一残るから、この蔵の酒は、再現性があるんです。」
再現性か・・・良いのも悪いのもデータが残るわけだから、今のプログラムは進化するばかりじゃないか・・・
『搾り』を先に見てから『醪タンク』に向かう。階段を登り巨大タンク群の上に作られた部屋に入ると、床のあちこちにタンクの上蓋が並んでいる。一番奥の蓋の所で
「これが大吟醸の醪で、もう間もなく搾れる状態です。」
と、石川さんが重い蓋を開けた。私はたちまち、えもいわれぬ芳香に包まれた。中を覗くと、泡だった白い醪が見える。それにしても、なんて良い香りなんだ・・・フルーティーといえば確かにフルーティーだし、花もワインも感じさせるが、どんなフルーツも、花も、ワインも、私の知る限りの香りで、この芳香に並ぶものは無い。米から造られた酒が、香りのフルーティーさにおいて、フルーツを越え、フルーツで造られたワインさえ越えたのかも知れない。
直売所へ戻ると間もなく、蔵元の柴田社長がおみえになった。私の質問の、一言一言を確かめるように答える丁寧な口調に、お人柄が見てとれる。そんな蔵元が、「理想の酒は?」の質問に
「香りと味に境目の無い酒です。香りと味の一体感が最も大切です。」
と、二つ返事で答えた。
蔵元には佐渡銘醸の歴史を教えていただいた。明治28年創業の柴田酒造と、江戸中期創業の高橋酒造が昭和40年に合併し、昔ながらのやりかたで酒を造っていた。
やがて設備の老巧化と杜氏や蔵人の高齢化という難問に直面し、度重なる協議の末に、昭和58年、思い切って最新鋭のハイテク酒造機器の導入を決定。良水の湧く現在地への移転も同時に行うことにして、改めて「佐渡銘醸株式会社」を設立した。
独自の画期的な方法でシステムを構築し、改革より僅か17年の間に、全国新酒鑑評会での5年連続の金賞受賞(新潟県酒造百数社中の連続受賞最高記録)や、関東信越国税局鑑評会での6期連続優秀賞受賞など、その近未来型酒造りに自ら確かな答えを示している。また、2000年にロンドンで開催された、第12回国際酒祭り酒類審査会では、大吟醸部門において世界第一位を受賞した。
寒仕込みの真っ最中、この蔵が最も緊張している時期と知りながら、すっかり長居をしてしまった。皆さんに送っていただき庭に出た。雪は止んでいたが、寒椿の花の綿帽子はすっかり大きくなっている。それにしても、この蔵のスタッフは明るい人ばかりだけれど、この明るさは、どこから来るものなのだろうか・・・その明るさに、ふと、未来の酒蔵を覗く思いを覚えつつ、別れの挨拶を交わした。
雪は夕闇に誘われて、再び舞い始めた。海の幸と天領盃、雪見酒の夜が、美味しくふけていったのは、言うまでも無い。
佐渡銘醸 TEL 0259−23−2111 FAX 0259−23−2901
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