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美味の後ろに風景があり、人がいる
らーめん
そば屋の目指したのは、豚骨や化学調味料に頼らぬ健康ラーメン。
そして、「鬼汁らーめん」とは・・・
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いつか世に送り出してみたいと思っていた、オリジナルラーメンのアイデアがいくつかあった。けれど、そば屋でラーメンというわけには・・・。そんな私が思うところあって、突然ラーメンプロジェクトを立ち上げた。
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といってもメンバーは、女流そば打ち職人の中村智美と、私の妻、それから私のたった3人だけ。
中村は、パティシエの経験もあるマルチ職人で、もっぱらスタッフの間で、能書きの上條、実力の中村といわれるほどの腕を持っている。
いつも釜前(かままえ。そばを茹でて盛り付ける係で、技術を要する仕事)と家庭を仕切っている妻は、味覚の鋭さと、器選びや料理の盛り付けに、私以上のセンスとアイデアを持っている。そして能書きだけは彼女たちに勝てる私。この3人でチャレンジを開始した。 |
はさみで丸鶏を切る中村 |
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3人は先ず各地で評判のラーメンを、猛烈な勢いで食べ歩いた。休日などは昼2食、夜2食のラーメンは当たり前で、昼3食の、夜2食と頑張った日は、さすがに胃薬のお世話になった。死ぬほど食べ歩いたら、色んなことが見えてきた。
先ず、今のラーメン界にいえるのが「ラーメンにセオリー無し」ということ。世の中には、実に多種多彩なラーメンが存在しているが、それが、我々の思っていた以上に各地域で支持されていたからだ。
今のラーメン界は、新しい味に対して、我々の予想以上に懐が広いようだ。ただ、豚の頭をぐらぐら煮込んで取るような、濃厚系スープの人気に陰りが出ている。逆に、魚出しのきいた、さっぱりしょう油味系へ、流れは向いていると思われる。
人気のラーメンに共通して言えたのが「味にヒッカカリがある」ということ。これは「微妙に気になる何かを感じる」とか「微妙に気になるクセを感じる」といったようなもので、この「何か」や「クセ」を強調すれば、逆に「まずい」とさえ感じるようなものだ。単純に「うまい」だけでは、人気のラーメンには、なれないらしい。この「微妙なヒッカカリ」をどんな食材に求めるのか、または技に求めるのか、この辺りがラーメンの奥義とも言えるところだろうか・・・
もう一つ、我々が重要なチェックポイントにしていたのが、「食の安全」に対するラーメン店の取り組み状況。素材の安全性に本気で気をつかう、ごく一部の店も見られたものの、今だに、ほとんどの店は無頓着状態。
消費者動向の近未来を想像した時、津波のような安全ニーズに呑みこまれ、ほんろうされる様子が見えてきて、自分達の向かうべき方向を決めるための、道標にさせてもらった。
ただ、これほど分かりきった事に手をつけないという現象からみて、「うまいラーメン」と「安全なラーメン」は、水と油のような関係だという予測は充分ついた。
我々は、今回のテーマを「うまい安全ラーメン」と決めて、ラーメンの設計図作りに入った。「確かな素材を使って、素材の持味を生かす」「そば屋の持ち味を生かす」「化学調味料は使わない」「豚骨牛骨は使わない」といった柱を決め、食材探しに奔走した。試行錯誤の試作と試食、一喜一憂を延々と繰り返して、我々のラーメン設計図が完成した。
オリジナルラーメンをと意気込んでみても、その前に基本のラーメンありき。先ずそのスープの設計図からご紹介しよう。
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スープの材料は、主役を地元産の鶏にした。この鶏は安全な自家配合飼料で飼育されているブラウン系の鶏で、抗生物質や合成抗菌剤は元より、遺伝子組み替えをしたエサ原料や肉骨粉などとは、まったく無縁。しかも平飼でのびのび育てらている。
煮出した時のうまみの深さは予想通りだったが、なにより嬉しかったのは香りの良さだ。これの丸鶏と県内産の豚肉で、動物系のうまみは充分。 |
スープ用寸胴 |
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魚系の素材は、かつお節など数種類の節類を使うが、ほかのラーメンと決定的に違うのは「鮭冬葉(さけとば)」を使うところだ。
これを使うことで、香りもコクもがぜん高まるが、なにより味に個性が出来る。この鮭冬葉は北海道道東のオホーツク海で水揚げした「西別鮭」を使い、道内一の腕を持つ鮭加工職人が、このラーメンのために作ってくれる特別のもの。道東の天日と寒風で干された冬葉には、えもいわれぬ風味と旨味が凝縮している。
他には玉ねぎ、長ねぎ、ニンジン、ショウガ、ニンニク、干しシイタケと連なって、ハーモニーをまとめる指揮者は、以前からなじみの利尻昆布だ。
さて、このスープをラーメンスープへ変えるために欠かせないのがタレ。しかし、このタレとスープのバランスには苦労を強いられた。使う醤油や塩の銘柄を変えるたび、ラーメンの味やイメージが大きく揺れた。
しかも、肉、魚、野菜など、スープの旨味材料の使用量を変えただけで、醤油が角張ったり、丸くなったり、物足りなかったりと、我々は実験を繰り返すたびに迷路の深みに迷い込んで行った。味に面白みを与えてくれたのは、魚醤(ぎょしょう。塩漬けの魚介類を1年以上かけて、発酵、熟成させて作る、しょう油状のもの。うおしょうゆ、とも呼ぶ)の「いしり」だ。魚醤類はタイのナンプラーやベトナムのニョクマムなどもテストしたが、味の点でも、原材料の信頼性からも、国産の「いしり」を使うことにした。そんなこんなで完成したタレのレシピはトップシークレット。後ろから2人が睨んでいるので明かすことは出来ないが、お許し願いたい。
基本のラーメンはこれくらいにして、オリジナルラーメンに話題を移すことにする。
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今回、オリジナル第一弾として発進するのが「鬼汁らーめん」。
これは信州特産の辛味大根のしぼり汁に、ラーメンタレを溶き込んだ汁で、つけめん風に楽しむもの。茹でためんを冷水でシメ、ザルに盛った「ザル」と「釜揚げ」の2種がある。
驚くほど辛いが、唐辛子やマスタードなどでは出せない、鮮烈にして爽やかな辛さは信州ならではのラーメンだ。 |
鬼汁ラーメン |
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めんを楽しんだ後の汁は、そば湯割りで楽しんでいただく趣向だが、これも試食時に大好評だった。三百年の昔から信州に伝わる「おしぼりそば」や「おしぼりうどん」からヒントを得たものだが、古きを訪ねて知った、新しきラーメン、これまでのラーメン界には無かったものが出来たと思う。
これに使う辛味大根の種は、種屋で手に入るようなものではなく、信州各地の高原で、農家が自家用に採種して代々伝えてきた貴重な大根だが、中には200年前からの自家採種記録を持つ家さえある。ちなみに、こうした辛味大根は普通の大根と比べ、約2倍の辛味と、約1.5倍の甘味、そして約3倍のビタミンCを持っている。これの汁のスーパーな薬効については、いずれ改めて紹介しようと思う。
この希少な大根が信州各地の高原で、みずみずしい葉を広げた風景・・・「鬼汁らーめん」が、そんな風景を生み出すきっかけに、なれるとよいのだが。
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