美味の後ろに風景があり、人がいる

  大力納豆


八海山の麓、豪雪の里で作られる、日本一の納豆。
八海山の伏流水で作った納豆と、北アルプスの伏流水で作ったそばが、出会って生まれたそばの名は・・・

平成11年の正月早々、あるビデオ制作会社から仕事の依頼があった。
「水の国ともいえるこの国の、各地の水景色を、ビデオクルーとともに撮影する」というものだ。私が自然の中で撮影する様子や、水辺に暮らす皆さんとの交流をビデオクルーが収録し、そこに私の撮影した写真も差し込んで、「日本・水の里紀行」というタイトルのビデオを作った。

その旅の皮切りで訪れたのが、新潟県北魚沼郡の小出町。八海山のふもとにある水の里で、町を南から北に貫いて魚野川が流れ、その支流の幾つかが町の随所で魚野川に流れ込んでいる。有名な魚沼産コシヒカリの産地だが、たずねたのは三月上旬、米所は、まだ一面の雪の下に隠れていた。

早朝、スノーシュー(洋式カンジキ)を履き、川霧のかかった魚野川の川辺りを行った。川の中ほどで、流れに腰まで浸かってサデ網漁をしている人がいる。
しばらくレンズを向けていると、気がついてこちらの方へ近づいてきて、ニッと白い歯を見せた。
「カジカですか?」「うん、カジカだ」オジサンは腰の魚篭を外し、雪の上で逆さまにした。雪の上にヌメ黒光りのカジカがボタボタと重なり落ちた。
魚野川のカジカ漁
「この川は魚が多いんですか?」「魚は多いよ。夏には鮎もいっぱいおるし・・・この川は鮭ものぼって来るんだよ・・・」親の自慢でもするように胸を張るオジサンの後ろで、雪をかぶった八海山が川霧の上に現れた。
日も高くなったところで、次に訪ねた先は「椛蝸ヘ納豆」。昭和12年創業で、納豆一筋の製造会社だ。
我々のお相手をして下さったのは、二代目で、女性社長の坂詰直枝さん。
3月上旬の小出町と魚野川。
後方は越後三山。
右より八海山、中ノ岳、越後駒ヶ岳。
私やデレクターの代わる代わるの質問に、青竹をスパリスパリと割るような明快な解説が返ってくる。何はともあれ先ず味見から、と事務所のテーブルに出された納豆のラベルには「小出っ子」と書かれている。この納豆は平成10年の第3回全国納豆鑑評会で最優秀賞を受賞したと聞き及ぶもので、私も内心この瞬間を心待ちにしていた。

地元産の減農薬大粒大豆が原料というだけに見るからに大粒、ビロードのような肌をしている。かき混ぜると見る間にすごい粘りだ。早速口に含み、たなびく糸を箸先にたぐりつつ、そうっと噛み締めてみる。
むっくら、もちっとした触感が、歯と歯ぐきを心地よく受け止める。大豆の味がする。鼻腔へと抜けたおだやかな納豆香、ほのかな大豆の余韻は、先程見た魚野川や八海山の風景と、とても良く重なる。
これを炊きたてご飯と一緒にほおばったら・・・とつくづく思う。後日知った事だが、ロケの翌年の第5回全国納豆鑑評会においても、大力納豆は再度、最優秀賞に輝き、文字通り日本一の実力を示した。

ところで納豆と水???いったい何の関係がと思いきや、これが水魚の仲。坂詰社長曰く、「納豆の原料は大豆と水だけです・・・出来る納豆は、その大豆と水の味を越えることは出来ません・・・だから作り手は、最高の大豆と最高の水を用意しなくては、ならないんです・・・幸い当社は最高の水の上に工場があります。」

そばの原料はそば粉と水だけ・・・出来るそばは・・・まるで同じじゃないか・・・胸の内でつぶやきながら、工場を案内していただいた。
水の中で無数の大豆が復活を目指し、18時間の吸水をしている。「この水の大元は八海山の雪なんです。その雪が山に染み込んで伏流水になって、長い年月かけてこの辺りに涌き出てくるんです。この美味しい水が無かったら、うちの納豆は作れませんね。」言い切った坂詰社長の表情に、先刻、カジカ捕りのオジサンが魚野川自慢をした時の表情と、どこか似たものを覚える。

小出町は江戸時代より、魚野川の舟運による物資の流通を軸にして発展した。住民は魚野川とその支流の恩恵を受けたが、同時に度重なる水害もこうむった。それでも住民は水に寄り添う道を選んだ。
この町の家並みは今も魚野川やその支流を囲むようにして並んでいる。さらにここは雪国新潟の中でも指折りの豪雪地帯だ。4メートル以上の積雪を記録したこともあり、交通が麻痺したり、雪解けが遅れて凶作になる年もしばしばあった。
昭和9年、住民は水を活かすことを思いついた。魚野川の支流から灌漑用水を引き入れて、屋根や道路の雪を流した。流雪溝の発祥だ。昭和30年代には市街地のほぼ全域に、網の目のように普及して、道路から雪が消えた。
水に寄り添い、水を活かし、水で水を制した水の民「小出っ子」は、川も山も、そして豪雪でさえ誇れるものにしてしまった。
水に寄り添って街は栄えてきた。

旅から戻った私は、早速新しいそばを試作した。大力納豆の挽き割りに、豪雪のごとくたっぷりの辛味大根おろしと少量のそばつゆを混ぜ合わせ、これをそばに絡めながらいただくというものだ。
いわゆる納豆おろしそばなのだが、過去に他の納豆で幾度チャレンジしても、思うようにならなかった料理だ。それが大力納豆を試食した時の直感通り、試作一発で快心の味になった。

北アルプスの伏流水で作ったそばと、八海山の伏流水で作った納豆が一つになって生まれたそば・・・さて、なんと愛称を付けたものか・・・そういえば安曇野の水も小出町の水も、流れ下って信濃川で一つになる・・・私はこの新しいメニューに「信濃川」という愛称を付けることにした。


■当サイトの記事・写真・イラストの無断掲載・転用を禁じます。
Copyright 2002  手打ちそば らーめん上條 www.kamijo.com