美味の後ろに風景があり、人がいる

  辛味大根


青首大根に征服された大根合衆国。
地大根たちの復権をかけた革命が始まる。
革命軍に加わった私の運命は・・・



あまたある野菜の中で、日本人が最も多く食べているのが大根。医食同源という言葉があるが、こうした大根の多食こそ、まさにその手本のような食生活といえる。

大根の根にはビタミンCや消化酵素、辛味成分などが多量に含まれ、食物繊維も豊富だ。ビタミンCはコラーゲンを合成したり、免疫力を高めて、美容・老化防止・風邪予防・抗ストレスなどの薬効がある。またビタミンCを多くとる人は発ガン率も低いといわれている。消化酵素はタンパク質や脂肪の消化を促してくれるが、中でもジアスターゼという酵素は、有害物質を排出し発ガンなどを抑える働きをする。辛味成分のイソチオシアナートには抗菌作用や消化液の分泌促進、新陳代謝を活発にする作用があり、食中毒を防いだり、食欲を増進してくれる。食物繊維は、便秘や肥満、糖尿病、腸ガンなどを予防する効果がある。焼き魚や肉料理などとともに、大根をたっぷり食べる日本人の食生活は、実に理にかなったものと言えるだろう。

でも、真実はどうだろうか?・・・コーカサスからパレスチナにかけての地域が原産とされている大根は、1200年以上も前に、インド、中国、朝鮮を経て日本に入ってきたといわれている。もともと大根という植物が、生育環境への強力な適応性を持っていたのと、日本各地の多様性に富んだ風土によって、大根は長い年月の中で、形、大きさ、色、味、性質などに、驚くほどの変体や分岐をみせた。こうして全国各地に万と分かれた大根は、見かけも性格もまったく違う個性的な地大根となり、さながら日本は大根合衆国と呼べるような状態になった。そして、その地大根達は、各土地の風土や文化と絶妙に交わり、味わい深い料理を無数に生み出した。

ところが高度成長期、効率至上主義の洗礼を受けた生産者や流通機構にとって、千差万別の地大根達は、次第に扱いにくい存在になっていった。そんな中で「宮重大根」の改良種として、ニューフェイスの「青首大根」が現れた。どこを切っても同じ切り口になる寸胴型で、畑から抜く時も素直でたやすく、箱詰めに際してもお行儀良く、効率は極めて高い。味の方も、そこそこの甘さ以外に、余計な自己主張はいっさいしない。一昔前の、良い子見本のような大根は、時代の歯車とがっちり噛み合い、万の地大根を駆逐して、またたくまに独裁国家を築いてしまった。

かろうじて生き延びた幾種類かの地大根が、現在も全国各地でひっそりと種をつないでいるが、信州各地の山里に、わずかに残る「辛味大根」も、そうした地大根の末裔(まつえい)達だ。この大根は「ねずみ大根」をはじめ「戸隠地大根」「灰原辛味大根」「親田辛味大根」「信州地大根」「上平大根」「小林系地大根」 「大田原地大根」「大門大根」「辛丸」といったような系統に分かれているが、いずれも強い辛味と、高い薬効成分を持っているのが共通点。
これらの大根のしぼり汁に、味噌を溶き込んだ汁で食べる「おしぼりそば」は、そばの食べ方の原形とも言われ、信州の郷土食として、現在も極一部のそば屋と、極一部の家で伝えられている。

もともと信州の高原地帯のような高冷地では、米作がむずかしく、そばやうどんなどの粉食が中心だった。身近にあった、そば、地大根、ねぎ、味噌、といった食材環境から自然発生的に始まった料理だと思うが、農薬など無縁だった時代、それぞれの食材の成分を改めて考えると、これが抜群の薬膳料理だったことに気付く。
標高900メートル。
雪に覆われた収穫前の大根畑

世が世ならという言葉があるが、この信州産の「辛味大根」がまさにそれで、江戸時代、信州は有名な辛味大根の産地だった。300年以上昔の食の百科事典「本朝食鑑」にも、「ちかごろ世を挙げて辛い大根の汁で麺類を食べるのが流行り、各家では争って辛い大根を植えている。江戸市中でも信州景山大根や夏大根の種を売っているが、いずれもはなはだ辛いもので・・・」といったことが記されているほど、信州の辛味大根はメジャーな存在だったのだが・・・現在、我々が頼り切っている「青首大根」、大根市場の95%を征服した、この大根界の帝王に、はたして我々は、全てをまかせて良いのだろうか?

参考までに平成9年11月に行なわれた、長野県農業総合試験場の調査データを引くと、「青首大根」と「ねずみ大根(地大根の一種)」のビタミンCの成分比較は・・・青首14.6mg、ねずみ45.7mg、となっている。
私は、料理の種類により、青首大根を使うこともあるが、極力、辛味大根で色々な料理を楽しんでいる。このおろしは、焼き肉やステーキにも抜群の相性で、焼きサンマなど、一度これで食べたら、もう青首にはもどれない。
漬物にすると辛味が静まり、代わってうまみが現れる。「上條」でも5年前に「おしぼりそば」を始めたが、その素朴な料理は大勢の方々に支持され、2年足らずで看板料理の一つになってしまった。ならばと創作したのが「鬼おろしそば」。これは平皿に盛った冷たいそばに、きざみ海苔と天かすをまぶし、その上に魚介の天ぷらを幾つか乗せ、さらにたっぷりの辛味大根おろしを乗せて、そばつゆをかけて食べるというもの。この料理も早々に受けて、大関格にまで育ってくれた。

ならばと創作したのが「鬼おろしそば」。
これは平皿に盛った冷たいそばに、きざみ海苔と天かすをまぶし、その上に魚介の天ぷらを幾つか乗せ、さらにたっぷりの辛味大根おろしを乗せて、そばつゆをかけて食べるというもの。この料理も早々に受けて、大関格にまで育ってくれた。
鬼おろしそば

ある時ひらめいて「おしぼりそば」の辛汁で、釜揚げのラーメンをすすってみた・・・うまい!ザルラーメンでも試した・・・どちらも丸。古きを訪ねて知った新しきラーメン、「鬼汁らーめん」は、こうして誕生した。

すっかり辛味大根の実力と魅力にはまった私にとって、この愛すべき大根の、新しい(古い?)使い道のアイデアは、当分尽きそうもない。


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